ソフトバンク創業者の孫正義とは?経歴と名言まとめ【起業家】

孫正義起業家

』を高く持ち続け飛躍していく孫正義さんの快進撃をお伝えしていきます。

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【人物】

孫 正義(そん まさよし)

通名:安本 正義(やすもと まさよし)

生年月日:1957年8月11日

血液型:O型

職業:実業家・投資家

小学生時代の夢:画家

好きな起業家:本田宗一郎

好きな画家:ゴッホ

生い立ち

在日韓国人実業家の二男として佐賀県鳥栖市の朝鮮人集落に産まれ、非常に貧しく不衛生な場所で育ちました。

当時はまだまだ民族差別がひどく幼稚園の頃に同級生に「朝鮮人!!」とからかわれ、頭に石をぶつけられたこともあるそうです。

そんな中、父親の三憲が密造酒製造販売と消費者金融・パチンコ業で大成功し、裕福な時期もありました。

ある日、父親が吐血し、倒れ仕事ができなくなると、家庭は一転し窮地に立たされるようになり、

生活が苦しくなったことから孫 正義さんの兄は高校を中退し、生計と父親の入院費を支えました。

そして、孫 正義さんは家庭の窮地と在日韓国人への差別に苦しむ人たちへの希望となるべく、渡米して実業家として勉強することを決意します。

渡米する16歳まではいわれのない在日韓国人差別に苦しみながら通名の「安本正義」として生活していました。

当時を振り返り「俺は小学生、中学生の時に自殺したくらいに悩んだんだ。

本気で自殺しようかと思ったくらい悩んだ。それくらい差別、人間に対する差別というのは、つらいものがあるんだよ。」と語っています。

学歴

北九州市引野小学校卒業

福岡市立城南中学校卒業

久留米大学附設高等学校に入学

久留米大学附設高等学校を1974年に中退し、渡米

米国ホーリー・ネームズ・カレッジの英語学校に入学

サンフランシスコのセラモンテ高等学校2学年に編入学

3年生、4年生へと飛び級し、高校卒業検定試験に合格したため3週間で退学

1975年にホーリー・ネームズ・カレッジに入学

1977年カリフォルニア大学バークレー校経済学部の3学年に編入学

1980年カリフォルニア大学バークレー校を卒業

経歴

1979年 大学在学中に同じ日本からの留学生、現在の奥様と結婚。

1980年 日本へ帰国後、福岡市博多区雑餉隈に『ユニソン・ワールド』を興す。

1981年 ユニソン・ワールドと経営総合研究所の共同出資で福岡県大野城市に

    『日本ソフトバンク』を設立し、代表取締役社長に就任。

1983年 慢性肝炎での入院をきっかけに社長職を退く。

1986年 社長職に復帰。

1990年 『日本ソフトバンク』を『ソフトバンク』に社名を変更。

1994年 ソフトバンクの株式を店頭公開

1996年 米ヤフー社とソフトバンクの合併でヤフー(Yahoo!JAPAN)を設立。

     同社代表取締役社長に就任。

同年  衛星放送プラットフォームの運営会社として『JスカイB』を

    ルパート・マードックのニューズ・コーポレーションと折半出資により設立。

    ※マードックが会長、自らは社長に就任した。

同年  JスカイBはソニーとフジテレビジョンが

    イコールパートナーとして資本参加。

1998年 パーフェクTV!を運営する日本デジタル放送サービスと合併。

    スカイパーフェクTV!(スカパー)として放送を開始。

1999年 証券市場の開設を企図し米国のナスダック・ストック・マーケット

     とソフトバンクが共同出資しナスダック・ジャパンプランニング株式会社

     を設立。

2000年 大阪証券取引所とナスダック・ジャパンプランニングにて

     ナスダック・ジャパン市場を開始。

     ソフトバンクが東京海上火災保険、オリックスとともに日本債券信用銀行の

     株式を取得。取締役に就任した。

     NTTドコモの第一期アドバイザリーボートのメンバーを1年務める。

2001年 ヤフーと共同でADSL接続サービスのYahoo!BBの提供開始。

2002年 ナスダック・ジャパンが業務を停止。

2003年 あおぞら銀行の株式をサーベラス・キャピタル・マネジメント社に売却。

2004年 日本テレコムを買収し、同社代表取締役会長に就任。

     プロ野球球団・福岡ダイエーホークスをダイエーから買収し、

     『福岡ソフトバンクホークス』のオーナーとなる。

2005年 Alibaba.com Corporation,Director

2006年 10月にソフトバンクテレコムの社長を兼務。

     ボーダフォンを買収し、同社取締役会議長、代表執行役社長兼CEOに就任。

2011年 東日本大震災が発生するすると義援金として個人で100億円

    および2011年から引退するまでのソフトバンクグループ代表として受け取る

    報酬の全額を寄付することを表明し、同年7月14日100億円の寄付が終了した。

    福島第一原子力発電所事故を受け自然エネルギー財団を設立。

    『東日本大震災復興支援財団』を6月に設立。

2015年 4月1日ソフトバンクモバイルの代表執行役社長から代表取締役会長

    に異動した。

    ソフトバンクモバイルは同時に『ソフトバンクBB』『ソフトバンクテレコム』

    『ワイモバイル』の3社を吸収合併する。

同年  6月取締役に就任。

同年  9月ARM Holdings plc,Chairman and Executive Director

2017年 海外の大物経営者が名を連ねている、中国・精華大学経済管理学院

    の顧問委員に就任。

同年  6月ソフトバンクグループ代表取締役会長兼社長。

同年  12月メジャーリーグサッカー参入を目指すデビット・ベッカムの

    投資家グループへの参加が承認された。

2018年 3月Arm Limited,Chairman and Director

2018年 4月ソフトバンク取締役会長。

2018年 5月Spring Corporation,Director of the Board

どんな転機があった?

転機1

高校時代、藤田田の『ユダヤの商法―世界経済を動かす』という書籍に

感動し、面会をするため藤田氏の会社に行きました。

何度も門前払いを受けますが、根負けした藤田氏についに社長室に通されたといいます。

そこで孫正義さんは「今度渡米するのだが、アメリカで何をするべきか」と尋ね、コンピューター関連を学ぶように助言を受けます。

転機2

大学生時代に、ある科学雑誌を読んでいると、未来都市を思わせるような不思議な幾何学もようをした物体を目にします。

それは、ひとの指先に乗った小さな「マイクロチップ」だということを知ります。

このときなんと!!「体に電撃が走った」といいます。

このマイクロチップが、これからの世界の仕組みを作り変えて行く様が孫正義さんの頭の中には一瞬にして映像として浮かんだそうです。

転機3

米国での学生時代に自分で考案した『音声機能付き他言語翻訳機』を当時のシャープ専務佐々木正氏に売り込み、最終的に1億7000万円ほどになりました。

生まれて初めて稼いだお金だったそうです。

転機4

『ユニソン・ワールド』として会社起業する際、日本名である「安本」ではなく韓国名の「孫」の名前で起業することを決めました。

その際親族から「お前が親戚として1人そうやって孫と名乗れば俺らまで全部ばれる。」

「在日が差別されることはかなり減ったが、就職は間違いなく差別され、銀行も絶対金を貸さない。ハードルは十倍上がる。わざわざ好んでその難しい道を行くのか」と猛反対を受けました。

それに対して孫正義さんは「他人のふりをしてくれていい。たとえ十倍難しい道だって堂々と正面突破したいんだ」と答えたといいます。

「孫」の名前にこだわった理由がもう一つあり、それは渡米する際に決めた「志」と、通名による企業が矛盾するということでした。

「何十万人といる在日韓国人が、日本で就職や結婚や、それこそ金を借りるとき差別を受けている。

でも在日韓国人であろうが、日本人と同じだけの正義感があって、能力がある。

それを自分が事業で成功して、証明しなきゃならないと思ったんです。

これからの在日の若者に、それを背中で示さなきゃいけないのに、俺が本名を隠してこそこそやったんじゃ、意味がなくなるじゃないか、アメリカに行った目的が達成できないんじゃないか。

あとからあの事業を興したのは、実は孫でしたと言ったって…」とご本人が答えています。

2006年「ボーダフォン」買収の裏話

ボーダフォンの買収によって1兆6000億円程の借金を抱えました。

すぐに週刊誌で「孫正義は1兆円をドブに捨てた」と大々的に叩かれ、さらに株価が下がってしまいました。

ただ、孫正義さんには誰にも言っていない秘策がありました。

それがiPhoneを発表する前の『スティーブ・ジョブス』です。

スティーブ・ジョブスに手書きの図面を見せて、モバイルインターネットマシーンを作ってくれと懇願したが、スティーブ・ジョブスの顔をみてこれに相当するものを作っているに違いないと交渉を進めます。

かなりの秘密主義のスティーブ・ジョブスは「俺は喋らない」となかなか教えてくれなかったようです。

その時、孫正義さんは「喋らなくていいから作っているソレが出来上がれば、日本での独占権がほしい。パートナーとして選んでくれ」と交渉し「それじゃあ、俺の家に来い」となり、スティーブ・ジョブス邸で「独占権をお前にやる」と交渉成立しましたが、一筆書いてくれという孫正義さんにスティーブ・ジョブスは笑い出し「そんなもの書けない。大体お前は携帯会社としての日本のライセンスを持っていないじゃないか。携帯会社も持っていないのに、独占権をよこせ。一筆書けなんて要求しすぎだ。まずは携帯の電波の許認可を取ってから戻ってこい。」と言われたそうです。

それから2週間後にボーダフォンを買うという契約に調印し、スティーブ・ジョブスの所へ戻ったそうです。

「スティーブ覚えているか?男の約束を守れるか?」

「覚えている。俺は約束を守る。」

という口約束一つで1兆8000億の賭けに出た孫 正義さんの決断力。

実際にiPhoneは今ではなくてはならない存在になり、老若男女問わず使っています。

孫 正義の将来計画は企業当初からあった。

日本に戻り企業する際に孫正義さんは

「これから、コンピューターを使って世の中の人のためにあるような事業で、

一大情報革命を起こすのだ!」と決心します。

事業プランのメモ書きは相当な厚さになるほどだったといいます。

この時に自分の人生プランを掲げ

20代で名乗りを上げ

30代で軍資金を最低で1000億円貯め

40代で一勝負し

50代で事業を完成させ

60代で事業を後継者に引き継ぐ

という人生50年計画を立て、今もその計画の実現に向けて走り続けているといいます。

孫正義さんの兄弟もすごい

孫正義さんは兄が一人と弟が二人の四人兄弟です。

一番下の弟である「孫泰蔵(そんたいぞう)」さんは「ガンホー」の創設者であり2012年2月にリリースしたスマートフォン・タブレット向けアプリ「パズル&ドラゴンズ」を開発した会社の社長です。

CMでも話題の「パズドラ」です。

これが大ヒットし、同社の業績に大きく貢献し2013年には時価総額が一時1兆円を突破し、投資家からは「ガンホードリーム」と呼ばれるほど株価が爆上がりしたのです。

さらに広範囲なスタートアップ支援を行うためにMistletoe株式会社を設立されました。

こちらの活動も意欲的に取り組まれています。

孫正義さんの金銭感覚

今や、大富豪の孫 正義さんですが一体何にお金を使っているのでしょうか。

一番は不動産のようです。

ご自宅はもちろん、別荘も何件かあるようです。

都内屈指の高級住宅街にご自宅を構え、趣味のゴルフの練習をするためのバンカーまで設置されています。

地下にはシュミレーターがあり、孫正義さんご自身で開発され、特許を取ったソフトを使い、汗を流しているそうです。

そのおかげもあり、ゴルフの腕前は相当なようです。

その他、「衣・食」に関してはそこまで派手に使っていないようです。

一着数百万円する銀座英国屋のスーツを着ていたという証言もありますが、普段着には無頓着なようで宣伝用のポロシャツを着ていたり、数千円のポロシャツで会見に出たこともあるそうです。

孫正義さん自身で、「自分はファッションセンスがない」と公言されています。

食べ物に関しては会食等では高級料亭や会員制クラブを利用しますが、昼食に関してはコンビニ弁当や、牛丼、出前が当たり前だそうです。

中でも好んでいたのは中華丼と麻婆丼だったそうです。

健康には特に気を使い、たばこは吸わないし、お酒も下戸ということもあり、ほとんど口にしないそうです。

定期的に歯医者に行って歯の健康状態をチェックしたり、サプリメントでバランスよくビタミンを摂取したりているそうです。

よく飲んでいたのもフランス製のミネラルウォーター・ペリエだそうです。

孫正義さんの名言

「起業家っていうのは、ある種クレイジーでなきゃいけない」

「私にとって重要なのは最も優れた起業家と、テクノロジーを特定することだ。若くてクレイジーで情熱的な起業家を発掘することが重要」

「日本の悪い癖は、自分たちが分かる過去の世界のことを本業と呼ぶ。本業からはみ出すやつは危険なやつだと、邪道だと」

まとめ

孫 正義さんによって頻繁に若い人に向けられる言葉の中に

「自分が登りたい山を決める」

「これで人生の半分が決まる」

「人生を無駄にしたらダメ。」

というのがあります。

自分が登りたい山というのは、人生のゴールや目標を決めるということです。

孫正義さんは自分の人生で何をなしたいかという場合、

志高く生きていきたい」と答えるそうです。

それは入院した際に余命5年と宣告され、何のための人生か、何のための会社かとさんざん考えた中で見栄とか、格好とか、大義名分とかそんなものはどうでもいい。

本音でいらないと思ったそうです。

何が幸せかというとやはり「家族の笑顔」だったそうです。

ただ「家族」の笑顔だけでいいのか。社員は家族同様。

信じてくれるお客さんはある意味、家族以上に大事な人かもしれない。

お客さんだけでなく、地球の裏側にいて一度も会ったこともない女の子がニコッと笑うイメージが湧いたといいます。

情報革命はお金のためだけではない。

地位や名誉のためでもない。

人々の笑顔のために人生を捧げたいと心の底から思うようになったといいます。

そういう信念があり、行動に移していく孫 正義さんはやはり魅力的ですね。

常に人の笑顔の為にと考え、挑戦を続けていく孫 正義さんの今後の活躍も大注目です。

出版社: 日経BP 著者: 井上篤夫

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