2ちゃんねる創設者の西村博之(ひろゆき)とは?経歴と名言まとめ【起業家】

西村博之(ひろゆき)起業家
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西村博之氏とは

名前:西村博之

愛称:ひろゆき

誕生日:1976年11月16日

好きなもの:うまい棒、ルートビア

生い立ち

神奈川県で生まれ、東京都で育ち、姉が一人おり、父は税務署で働いていました。

子供のころからコンピュータプログラマーになることが夢で、高校生の時にプログラミングの勉強をし始めます。

高校では物理学専攻を志望していましたが、教師との折り合いが悪く単位を落としてしまったため、理系進学を断念することになります。

ひろゆき氏は理系のクラスに行けなかったことで勉強に対してのやる気をなくしてしまい、高校卒業時の成績は下から10番以内だったといいます。

高校を無事卒業し、中央大学文学部教育学心理学コースへ入学しました。

在学中に、「Hirox’s room」を開設しこの時期からどのように自身が作成したサイトに集まり、どのようにしてインターネットを使用してお金を稼ぐかを実験していたそうです。

更に大学の友人と合資会社東京アクセスを設立しました。

この会社では2ちゃんねるの前身となる電子掲示板を運営していました。

その後、交通事故に遭い、その慰謝料で米国アーカンソー州アーカンソー中央大学へ1年留学しプログラミングを勉強していたそうです。

経歴

1998年1月 ウェブサイト「Hirox’room」開設

同年 3月 合資会社東京アクセス 友人らと設立

1999年   「2ちゃんねる」開設

同年     2ch.netを取得

2002年   東京プラス株式会社設立 代表取締役就任

2003年   未来検索ブラジル 共同設立 取締役就任

同年    東京プラスとガーラとの間でガーラのネット情報クリッピングサービスに おける2ch.net及びまちBBSの掲載情報の独占利用許諾契約を締結

2005年   ニワンゴの取締役管理人に就任

2006年   ニコニコ動画を命名

2008年   ティーケイテクノロジーの取締役に就任

2009年   2ch.netをシンガポールのPACKET MONSTER INC(パケット社)に譲渡 管理人からも退く

2ちゃんねるを開設するまで

1999年、米国への留学中の春休みに授業もなく、大学の寮の友達もみんな地元に帰ってしまい、暇になって、プログラムでもやろうか思ったのが2ちゃんねる開設のきっかけだったといいます。

当時、日本の情報を得るために「あめぞう」という掲示板を利用しており、これ自分でも作れるかなと思ってやってみたとひろゆき氏は言います。

2ちゃんねるを開設後、ほかにも掲示板が多くある中、2ちゃんねるだけ存続できたことに関して、データが消えない仕組みを作ったというのが一つ。と答えています。

更に、面倒くさいことを続けても、別に何の見返りもないし、忙しくなると辞めるというほうが、当然ですよねとも語られています。

当時のサーバーは割と脆弱で、何日かに1回落ちてしまうことがよくありました。

そうゆうときに働いているとすぐに対応はできないですが、ひろゆき氏にはある程度時間があり、働いていなかったから何かトラブルがあってもすぐに対応できたといいます。

1996年インターネット初期、あやしいわーるどなどの総合掲示板が存在しましたが、1998年に閉鎖します。

あめぞう掲示板がそれを引き継ぎ、総合掲示板として利用されていました。

その後、あめぞう掲示板が機能不全に陥り閉鎖したことで、より多くの利用者が2ちゃんねるに移行してきました。

2ちゃんねる掲示板利用者は「2ちゃんねらー」や「ねらー」「ちゃねらー」などと呼ばれることもあり、ブームを起こしました。

初期から日に10,000程の来訪者があり、1週間もたたないうちに東芝クレーマー事件で参加者が急増しました。

株式会社ニワンゴ設立

2005年11月14日、携帯電話のメール等を利用した各種コンテンツや様々な情報を提供するサービス企画・制作及び供給業務を目的として株式会社ドワンゴが75.1%、有限会社未来検索ブラジルが19.9%、株式会社CELLが5.0%の出資により、株式会社ニワンゴを設立しました。

取締役管理人としてひろゆき氏が就任しました。

社名の由来は代表の杉本誠司氏によると「ニワンゴはメールサービスの名称であり、その由来は西村博之の「に」からとった。」と語っています。

2014年10月に株式会社ドワンゴが株式会社ドワンゴコンテンツを吸収合併し、翌年11月には残りの株式を有限会社未来検索ブラジルから習得したため、株式会社ドワンゴの完全子会社になりました。

2ちゃんねる管理人から退く

2ちゃんねるでは誹謗中傷や、名誉棄損、第三者の個人情報、著作物の無断転載、薬物の密売情報などが書き込まれた際に十分な対応がされていないことが多く、管理人のひろゆき氏に対する訴訟が後を絶ちませんでした。

しかし、ひろゆき氏は代理人弁護士を立てることなく、裁判への出席もしなかったため、ほとんどの裁判で敗訴していて、そのことについて「僕はいろんなところで訴えられているので、自腹で日本中を回るか、1件100万円以上払って弁護士を付けるかなんです。でも「裁判をやらない」という選択肢をとったら何も起きなかった。これが現状。勝とうが負けようが、払わなければ一緒なんですよ。僕にお金を払わせたいのであれば、国会議員に言ってそういう法律を作ればいい。」と語っています。

2006年から2007年にかけて破産宣告の第三者申し立てが行われ2ちゃんねるのドメインを含むひろゆき氏の財産仮差し押さえの申請が行われるなどして、2009年にひろゆき氏はシンガポールの「PACKET MONSTER INC.」に運営権を移転し管理人から退くことになりました。

しかし、実質的な運営権は移転しておらず管理会社は名義を貸しただけであり、ひろゆき氏は2013年に1憶の広告収入の申告漏れが指摘されています。

2010年にはひろゆき氏に支払われていた2ちゃんねる内の書き込みを書籍化した「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」の印税が差し押さえられ、初めて損害賠償金が回収されました。

2ch.scの開設

2014年にひろゆき氏によって開設されました。

呼称を2ちゃんねる、ドメインに2ch.scを使用しています。

インターフェイスなどは2ちゃんねるのものとほとんど同じで、さらに「2ch.net」を定期的にクロールすることで書き込みなどのデータをそのままコピーしているため2ch.scを2ch.netのコピーサイトと評する見方も出ました。

2ch.netがアフィリエイトブログなどを対象として、2ch.netに書き込まれた内容の転機禁止を決定した一方で、2ch.scでは開設当初より2ch.scに記載された内容を転記することを認めています。

その後、2ch.scに2ch.netの書き込みがそのまま反映されていることがわかっていますが、クローラで行っているか手動で対応しているかについては2ch.scからのコメントはなく、詳細は不明であると報じられています。

現在の2ちゃんねる

2017年に当時までの2ちゃんねるが突如「5ちゃんねる」に名称変更されました。

ドメイン名も「5ch.net」に変更され、ウェブサイト上の2ch.netへのアクセスは全て5ch.netに転送されるようになりました。

2014年以降ひろゆき氏と管理人を引き継いだジム・ワトキンス氏が対立し、ひろゆき氏は2ちゃんねるが違法な乗っ取りを受けているとして、内容をほぼコピーする「2ch.sc」を公開し、「2ch」「2ちゃんねる」の商標権を取得した上で、WIPOの調停・仲裁センターに対して、ひろゆき氏が「2ch.net」ドメインの正当な持ち主だと認めるように申し立てました。

WIPOは2016年7月28日付けの裁定で、ひろゆき氏の申し立てを棄却しました。

ジム氏はWIPOによる裁定後もひろゆき氏による妨害行為が続いているとし、「Race Queen(ジム氏が運営するフィリピンの企業)の管理の下ではこれ以上皆様に安全かつ快適なご利用をいただくことが困難となった。その為、運営権をLOKI TECH(Loki Technology)に譲渡する」と発表しました。

更にLoki Technologyによると「2ch.netの譲渡を受けるにあたり、権利関係に関する無用な紛争を生じさせないよう、掲示板の名称を新たに「5ちゃんねる」に変えた。」と説明しました。

4chanの管理人

4chanは、ニューヨークに住むmootと名乗る当時15歳の学生クリストファー・プールによって2003年に立ち上げられました。

プール氏はふたば☆ちゃんねるのようなアニメとテレビ番組について、話し合うサイトをアメリカにも作りたいと思っていたといいます。

画像掲示板サイトとしては世界最大規模で、ここら多くのユーモアあふれるプロジェクトやインターネット・ミームが生まれています。

まさにネット上の文化を生み出す場として知られた世界的な掲示板となっています。

しかし、しばしば資金難のために機能停止する事態が起こり、その他にもサーバーダウンが発生したりしていました。

2015年9月21日に管理人がmootからひろゆき氏に交代することが発表されました。

交代に伴いmootは「彼は何千万人にデジタル内に場所を提供する意義について10年以上の長い経験を持つ、世界でも稀な人だ。客観的に見ても4chanを任せられるのはひろゆき以上の適任者はいないし、他には思いつかない。ひろゆきの熟練のリーダーシップの下、4chanで何が起こるのか早く見たくてしょうがないよ。」とコメントを発表しています。

それに対してひろゆき氏は「anonymousという世界的にも注目されている文化に、長年の貢献している4chanの一員として、お手伝いできることを光栄に思っております。」とコメントしています。

掲示板はたくさんのカテゴリに分けられており、Politically Incorrect掲示板は4chanにおける政治討議をする掲示板で、/Pol/と呼ばれています。

2017年時点で/Pol/は4chanの中で、1日あたりのアクセス数が最大とも言われています。

/Pol/の利用者の多くは2016年アメリカ合衆国大統領選挙でドナルド・トランプを支持しました。

西村博之氏の結婚

2014年、植木由香さんと結婚を発表しました。

もともとひろゆき氏は結婚反対だったようで、ひろゆき氏が結婚したことにびっくりしたファンが多かったそうです。

2人の出会いは2ちゃんねるを立ち上げた2000年ごろだったそうで、交際期間は10年ほどだったといいます。

植木由香さんは2ちゃんねるにおける削除人であり、ひろゆき氏の会計を担当していたそうです。

2人の間には息子さんがいるという情報がありますが、ひろゆき氏本人はYouTubeで子供はいないと発言しています。

本当のところは定かではありませんが、インターネットの便利さと怖さを知っているひろゆき氏だからこそ息子さんの情報を流したくないのかもしれません。

さらに海外移住しており、もともと植木由香さんとの結婚理由も、長期滞在ビザを取得して海外移住を考えていたからだそうです。

移住先はフランスのパリだそうで、移住理由はただ単に日本にいるのがつまらないと思ったからだそうです。

ひろゆき氏自身も実績がある人であれば、何もない人よりも人生がイージーモードになり、海外に行くとハードモードになると語っています。

西村博之氏の名言

「僕の場合、モラル抜きに、まずどういう選択肢があって、その選択肢にどんな未来があるのかを考えてから、行動に移すんです。普通の人はモラルとかがあるから、僕のような考え方はおかしいと言うんじゃないですか。」

「夫婦げんかで相手を論破しても、いいことなんで全くないでしょう。人生うまくいくことが目的であって、論破力はあくまでもその手段なのですよ。」

「世界にはシステムがあって、そのシステムの下でロジックに従って人や物が動いていく。そういう考え方が僕にはあるので、自分自身、論理的に考えて論理的に結果を出すという生き方を実践しています。そうすると何がお得かというと、幸せに生きることができるのです。」

型にはまらない独自の考え方を持つ異端児西村博之氏

ひろゆき氏が明らかにしているのは「ロジカルに考えてロジカルに結果を出す」生き方を実践するための前提ルールです。

そのルールの代表的なものは「待つということができたほうが人生で得になる」ということです。

これは、変化に目くじらを立てるのではなく、とにかく「待ってみて変化に慣れる」ことを意味します。

何事も受け入れられ、意外と不自由なく過ごせることが分かれば、無駄にストレスを感じることなく過ごせるのかもしれません。

また、合理性を重んじるひろゆき氏は「自分へのご褒美を避ける」そうです。

嫌なことを乗り切るたびに「ご褒美」を買っていると、費用が掛かるので生活コスト押し上げます。

結果として、お金を稼ぐためにさらに労働時間が増えるという、マイナスのループにはまる可能性があるという独自の考察によるものだそうです。

そうなるくらいなら、お金に頼らない方法で解決してはどうかとひろゆき氏は語っています。

お金があったって、なくたって、僕は自分の軸で幸せを感じることができる」という考え方を知れば、新しい時代を幸せに生きるための指針が得られるかもしれません。

なにかとお騒がせな印象も強いひろゆき氏ですが、ブレない軸を構築して前進を続けるスタンスには学ぶところも多そうです。

出版社: ダイヤモンド社 著者: ひろゆき

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