メルカリ創業者の山田進太郎とは?経歴と名言まとめ【起業家】

山田進太郎起業家
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山田進太郎さんとは

人物

名前:山田 進太郎(やまだ しんたろう)

生年月日:1977年9月21日

出身:愛知県瀬戸市

趣味:読書

生い立ち

弁護士の父と税理士の母という比較的恵まれた環境のもと生まれました。

大人しい性格で目立つタイプではなく、小学生の時は外で遊ぶより図書館で本ばかり読んでいました。

両親は基本的に自由放任主義で、何をするにおいても自分で選択することを許してくれたそうです。

中学に進学する時も、公立と私立の説明だけを両親から受け山田氏自身で愛知県屈指の私立東海中学校・高等学校に進学することを決めました。

経歴

早稲田大学教育学部卒業

2001年 ウノウ設立

2010年 ウノウ売却

2013年 2月 株式会社コウゾウ設立 代表取締役社長 就任

     7月  フリマサイト「メルカリ」配信

           11月 株式会社メルカリに社名変更

2014年 メルカリ米国版 配信開始

2017年 株式会社メルカリ 代表取締役会長兼CEO 就任     

2018年 株式会社メルカリ 東証マザーズ上場

2019年 「メルペイ」サービス開始

     株式会社メルカリ 代表取締役社長 再就任

「凡人」だと気付いた山田進太郎さん

山田氏の出身の瀬戸市では頭のいい子だと言われ育ちました。

ですが、愛知県屈指の中高一貫校に入学したため、周りははるかに秀才ばかりだったそうです。

勉強をすごく頑張っても中の上くらいまでしか成績が伸びず、中学・高校ではじめて自分が凡人ということに気付きました。

「頭がいい集団にいても自分が頭角を現すことはできない」と思った山田氏は、どこの世界に行けば自分が生き残れるのかを探して、必死にもがいていたそうです。

本を読むことが好きだったので、小説家を目指そうと思ったこともありましたが、村上春樹さんのある短編小説の解説を読んで、発想に驚愕し凡人さに気づかされ諦めます。

早稲田大学理工学部建築学科を志望して、建築家を目指しデッサンの勉強をしてみたところ、すぐに自分に才能がないことに気付き諦めます。

「東京にいけばなんとかなる」と思った山田氏は、早稲田大学教育学部に進学することにしました。

サークルの代表をつとめた大学時代

早稲田大学に入学し、「アイセック早稲田大学委員会」に入会した山田氏は、まわりに才能に溢れ輝いている人達が多くいると気付き悩んでしまいます。

自分を見失い、部屋に引きこもってインターネットばかりする日々が続きました。

そこでニーチェの哲学書に出会い、凡人の自分をありのまま受け入れる大切さに気付きます。

そんな中、早稲田大学の「早稲田リンクス」というウェブメディアの運営をするサークルに加入しました。

インターネットにはまっていた山田氏にぴったりのサークルで、2年生の時にサークル3代目代表に選ばれます。

学生同士で教科書や参考書を売買できるコミュニティや就活の情報が共有できるサイトなど組織運営を学びながらどんどん規模が拡大していきました。

サークルのみんなでチームを作り、何を成し遂げる楽しさに気付き、「自分のやりたいことはこれだ」と思いました。

「自分の山を築くというのはこういうことだ、小さくてもいいから他とは違う自分だけの山を築きたい」と考えるようになったそうです。

楽天でインターン

サークルを通して、インターネットに関する仕事がしたいと思っていた山田氏は、大学在学中に楽天でインターンをしていました。

インターン中に楽天オークションの立ち上げを経験しています。

楽天で働きながら、プログラミングの勉強をし、趣味で映画サイトの「映画生活(のちにピアに譲渡)」を作りました。

そこで、「自分で一から考え、サービスを作り上げる面白さ」に気付きました。

楽天から内定をもらい、一度は就職することも考えましたが、一から自分で何かを始めてみたいと考え、内定を辞退し起業する決意を固めます。

ウノウ設立

大学卒業後に山田氏は株式会社ウノウを設立します。

ウェブサイト制作や、映画生活の運営を細々と続けていました。

そんな中、2004年に山田氏は憧れだったアメリカに渡ります。

そこで、現地の女性と知り合い日本食レストランを一緒に開業することになりました。

「あなたもお店にたってね」と言われた山田氏は、「目の前の一人の人間より、インターネットを通じて数千・数億の人間にサービスを提供したい」と気付きました。

一度寄り道をしてみて、改めて自分はインターネットに関わる仕事がしたいと、自分の好きなことを再確認できたそうです。

帰国後、社員を増やしソーシャルゲームに力を入れ、「フォト蔵」や「まちつく!」を製作します。

2009年に作成した、携帯用無料ゲームの「まちつく!」は500万ユーザーを超える大ヒットとなりました。

ウノウ売却

「まちつく!」のヒットに目をつけたアメリカのジンガという会社からウノウ売却の話がありました。

何か別のことも始めたいと考えていた山田氏は、2010年にウノウを売却することにし、ジンガジャパンのジェネラルマネージャーに就任しました。

しかし、ジンガの経営方針が合わず、2012年に退社することに決めます。

のちに山田氏は、ウノウはブラック歴史だと語っています。

「次の会社を始めたら旅行に行けなくなってしまう」と考えた山田氏は、退社後、世界一周旅行に行くことにしました。

そこで世界のあらゆる生活を目の当たりにします。

インドでチャイを売る子供、物乞いをする人など、生まれた国や環境で生活がかなり変わってしまうことに気付きます。 旅先で出会った人たちを豊かな生活にするために、自分に出来ることはないのだろうかと考えるようになりました。

メルカリを立ち上げるまで

旅から帰った山田氏は、当時ガラケーからスマホが主流になっていたので、「これからはスマートフォンの時代になる」と考えスマートフォンに適したアプリを作ることにしました。

旅先で貧しい人たちと出会った経験をもとに、「これからは不要になったものを捨てるのではなく、誰かに売って役に立ててもらうことが、世界にとって大切な考え方だ。」と考え、スマートフォン用のフリマサイトを作ることを思いつきました。

その後帰国して4か月で株式会社コウゾウを設立し、その5か月後には最初のアプリ「メルカリ」の開発に成功し、配信しました。

その後現在の株式会社メルカリに社名変更しています。

フリマサイト「メルカリ」開発秘話

株式会社コウゾウを立ち上げた後、何のビジネスをするか、いくつかアイデアがあったそうです。

その中で、「パソコンは一人一台必ず持っているわけではないけれど、スマートフォンなら一人一台持つようになる」と考え、スマホを使ったCtoCビジネスであるフリマアプリを開発することに決めました。

当時すでにYahoo!Japanの「ヤフオク!」やFablicの「フリル」もあったため、フリマアプリを開発することにかなりのリスクを感じていたそうです。

それでも、「スマホはこれからもっともっと流行るようになり、CtoCがマーケットとして一番大きくなるはずだ」と考えリスクを承知で「メルカリ」を開発しました。

山田氏は当時、Twitterでエンジニアを募集しました。

フルタイムの開発者はたった一人で、最小限のメンバーで「メルカリ」の開発をスタートさせたそうです。

フリマアプリ「メルカリ」とは

「メルカリ」はスマホ一つで簡単に出品・購入できるフリマサイトアプリです。

株式会社メルカリでは、「メルカリ」の企画・開発・運用をしています。

「メルカリ」という言葉は、ラテン語で「商いする・売る・取引をする」という意味だそうです。

写真を撮って、説明文や商品の情報を記入・選択するだけで簡単に出品できる簡単さがヒットし、配信して約半年で100万ダウンロード、約1年で400万ダウンロードを達成しました。

その後もどんどん人気が高まり、2017年には累計1億ダウンロードを達成し、2018年に東証マザーズ新規上場が決定しました。

「メルカリ」人気の理由とは

総出品点数が11億点を超え、月間利用者数が1000万人を超えるとても人気のアプリです。

開発当時、すでにフリマアプリやネットオークションがありましたが、既存のフリマアプリは女性ファッションやハンドメイド品に限られたものでした。

ファッションだけではなく、雑貨や趣味ものなど幅広く何でも出品できるシステムを作ったことで、「メルカリ」はここまでの人気を得ることができました。

また、従来の買い手が優勢なネットオークションと違って、出品者が自由に値段をつけて、売り手と買い手で交渉して買い物が出来る点も人気の理由の一つです。

山田氏が決定した、メルカリの理念・ミッションは「新しい価値を生み出す世界的なマーケットプレイスを創る」です。「不要だと思っているものに新たな価値を生み出してほしい」という山田氏の願いが、私たちにとって今では欠かせないものとなり、ここまでの人気が出て、今ではフリマアプリが当たり前の世界になったのかもしれません。

株式会社メルカリの社風

メルカリはオープンで自由な社風として有名です。

フレックスタイム制を導入していて、ライフスタイルに合わせて働き方を自由に調整することができます。

山田氏は社員に対して、「社会人として適切な判断を自分でしてほしい」と考えていて、ルールを作らないことを大切にしているようです。

スピードを重視しているため、上司に承認をもらって動くのではなく、現場の人間が意思決定をして動くことも多いようです。

山田氏の入社基準も厳しいようで、「能力だけじゃなく、大切にしているものが合わないとみんな不幸になってしまう」と語っています。

オープンで自由だからこそ、多種多様な人材が集まるそうですが、メルカリの社員はみな、「自分たちで会社を変えていこう」とオープンに情報を発信でき、意思決定をし、失敗を恐れずチャレンジできる人材だそうです。

メルカリでは「merci box(メルシーボックス)」という人事制度があり、福利厚生もしっかりしていて、育児休暇中の給与は100%支給されたり、認可外保育園に入園した場合は、認可保育園との差額を補助してくれたり、不妊治療の費用を会社で負担してくれたり、子育てへのサポートも厚いようです。

また、メルカリはとても離職率が低いことでも有名です。

山田氏はその理由として、「その人が何をしたいのか、思考を把握して、そこに会社が仕事としてチャンスを与えることでその人がより活躍できるようにしているから」と語っています。

メルカリ海外進出

メルカリは現在日本とアメリカで事業を展開しています。

2014年9月に米国版がサービスを開始しました。

アメリカは世界の縮図で、アメリカのような多様な人種の中で受け入れられれば、世界のどこでも通用すると考えました。

最初はなかなかヒットせず、1000万ダウンロードまで1年9か月かかったそうです。

でも、その後爆発的にヒットし、2016年7月にはアメリカのiOS App Storeショッピングカテゴリで1位、全体で3位にランクインしました。

米国版は、商品が売れたら梱包し、伝票をプリントアウトして貼って、自宅の郵便受けに置いておけば、郵便局員が勝手に持って行ってくれます。

かなり手軽ということで、アメリカで広くヒットする要因となったそうです。

アメリカ以外にも一度イギリスで市場拡大を狙いましたが、すでに撤退しています。

ただし山田氏は、「今後タイミングをみてどんどん世界中に「メルカリ」を広めていきたい」と考えているようです。

そして、ゆくゆくはメルカリを始めるきっかけとなった、「新興国・途上国を含む全世界でフリマアプリで取引をできるようにし、新興国の社会を変えたい」という夢を実現させたいと語っています。

株式会社メルカリの現在

「メルカリ」では、2019年からスマホアプリだけではなく、Web版としてパソコンからでも出品・購入が可能になりました。

60歳以上の高齢者による出品が増加したこともあり、スマホを持っていない高齢者でも「メルカリ」を始められるようにWeb版のサービスを開始しました。

PAYサービスの増加に合わせ、株式会社メルペイサービスを子会社としてたちあげ、PAYサービスにも参入しています。

また、2020年には鹿島市、鹿島アントラーズと協定を結び、テクノロジーを用いて地方創生事業を積極的に企画・推進していくと発表されました。

今でもメルカリの利用者は増え続けていて、どんどん新しいサービスも展開し、利用者にとって使いやすくて安心して取引できるアプリになっています。

山田進太郎さんの名言

「小さくても別の「山」を自分で作らないと自分の価値は活かせない。」

「どうせ空振りするなら、大きく空振りしようと思ってメルカリを始めることにしました。」

「気づきを提供するのが僕の仕事」

世界に新たな価値を生み出す山田進太郎さんとは

「ありのままの自分」を受け入れることで、「今、自分に何ができるのか」を考え、独自のサービスを考案し、人生が好転しました。

世界を自分の目で見て、自分がどれだけ恵まれているか気づけたことが、人生を変えるきっかけになったそうです。

「気づきを提供するのが僕の仕事」と語る山田氏は、今後も「新たな価値を生み出す世界的なマーケットプレイス」にこだわり、「米国に勝たないと世界で成功できない、ほかの日本企業に出来て、ネット企業にできないわけがない」と挑戦を続けていきます。

いずれ世界を変えるであろう、山田氏の今後の活躍にますます期待したいです。

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